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ファンドのインパクト目標の「明確さ」と「メリハリ」がIMMの実践に及ぼす影響 ~専門家によるインパクト投資コラム#3

第1回コラム「IMM(インパクト測定・管理)とは何か?実施主体は企業か、それとも投資家か?」では、一口にインパクト測定・管理(Impact Measurement and Management:IMM)といっても、「投資家主体・ポートフォリオレベルのIMM」と、「企業主体・個社レベルのIMM」という、レイヤーが異なる2種類のIMMが存在することを述べました。

「投資家主体・ポートフォリオレベルのIMM」と「企業主体・個社レベルのIMM」のイメージを図示すると下図のようになります。なお、図中の丸を描く矢印は「PDCAサイクルを回す」様子を表現したつもりです。

「投資家主体・ポートフォリオレベルのIMM」と「企業主体・個社レベルのIMM」のイメージ図 (出所)筆者作成

さらに、第1回コラムでは、この2種類のIMMは、どちらか一つがあれば十分ということではなく、相互補完的なもので、それぞれが重要な役割を担っていることを述べました。同時に「投資家主体・ポートフォリオレベルのIMM」の重要性を指摘する論文が存在することも紹介しました。この「投資家主体・ポートフォリオレベルのIMM」については、筆者の仮説では、ファンドのインパクト目標の「明確さ」と「メリハリ」が、その実践の「しやすさ」「難易度」に影響するのではないかと考えます。

このコラムでは、ファンドのインパクト目標の「明確さ」と「メリハリ」という2つの切り口から、「投資家主体・ポートフォリオレベルのIMM」の実践の「しやすさ」「難易度」との関係を考察してみたいと思います(以下、このコラムにおけるIMMは、すべて「投資家主体・ポートフォリオレベルのIMM」を意味しており、「企業主体・個社レベルのIMM」ではありません)。

物理学の問題では「摩擦はないものとする」とか、「物体は質点とする(重さはあるが大きさがないものとする)」といった極端な仮定をおいて考えることが多いですが、本稿では、ファンドのインパクト目標について、「明確さ」と「メリハリ」の2つについて、極端な場合を想定した「思考実験」をしてみたいと思います。


思考実験その1:極端に「あいまい」なインパクト目標を考えてみる

まず、目標の「明確さ」からです。

「明確さ」の対義語は「あいまいさ」になりますが、極端にあいまいなインパクト目標の例として、「人々の幸せを最大化する」という目標を考えてみます。もちろん、これは架空のものであり、実在するファンドとは一切関係ありません。

人々の幸せがとても重要であることは明らかですが、「幸せ」という概念は非常に多義的なものです。ある人にとっての「幸せ」と、別の人にとっての「幸せ」は、考え方が異なることも多いでしょう。「幸せ」を測定する単一の指標は存在しないと考えられます。そんな中、どのような状態が「人々の幸せが最大化した状態」なのかを具体的に記述することはとても難しいといえます。また、「ある社会状態Aと、別のある社会状態Bを比べて、どちらが幸せの最大化という目標達成に近い、より望ましい状態であるか」を決めることも難しい場合が少なくないと考えられます。

このような、あいまいなインパクト目標の下で、「投資家主体・ポートフォリオレベルのIMM」を実践しようとすると、「人々の幸せを最大化する」という目標に対して、投資先企業全体として、つまりポートフォリオ全体として、どの程度、近づくことができたのか、あるいは、近づくことができず、どこに課題があるのか、といったことを考察することは、とても難しいことが推察されます。端的に言えば、PDCAサイクルが回しづらいと考えられます。

思考実験その2:極端に「メリハリのない」インパクト目標を考えてみる

次に、目標の「メリハリ」について考えてみます。

ここで「メリハリ」という言葉で表現したいのは、どのくらい「幅広い」事柄の達成を目標としているのか、あるいは、どのくらい「スペシフィックな」事柄の達成を目標としているのか、ということです。

ここでも、極端にメリハリのないインパクト目標を考えてみたいと思います。例えば、SDGs(持続可能な開発目標)に掲げられている17のゴール・169のターゲットの全ての達成を目標とするインパクトファンドを想定してみます。17のゴール・169のターゲットの一つ一つは「明確」であるかもしれませんが、そのすべての達成を目指すというインパクト目標は、単一のファンドが掲げる目標としては、幅広すぎる(メリハリに欠ける)ことは明らかです。

このような幅広いインパクト目標の下で、「投資家主体・ポートフォリオレベルのIMM」を実践しようとすると、投資先企業全体として、つまりポートフォリオ全体として、どの程度、目標達成に近づけているかを評価するだけでも、17のゴール・169ものターゲットがあるわけですから、測定すべきことが多すぎて、単一のインパクトファンドでは手に負えない可能性があります。仮に、17のゴール・169のターゲットへの進捗状況をすべからく測定できたとしても、更なる進捗に向けて次に何をすべきかを検討しようとすると、考えるべきことが膨大にありすぎて途方に暮れてしまう可能性があります。ここでもやはり、端的に言って、PDCAサイクルが回しづらいと考えられます。

逆に「明確」かつ「メリハリの効いた」インパクト目標の場合はどうか

政策提言とファンドの両輪で貧困削減に取り組む:Fair By Design Fund」で取り上げられているFair By Design Fundは、英国における貧困プレミアムの2028年までの解消、という極めて明確かつ、スペシフィックなインパクト目標を掲げるファンドです。

この目標の下で、投資先企業毎に、貧困プレミアムの解消にどのくらい寄与したかを定量的に測定し、ファンド全体の目標である2028年までの解消に向けて、ポートフォリオ全体としての貢献度も確認しているといいます。こうした情報に基づいて、「投資家主体・ポートフォリオレベルのIMM」を実践することは、先ほどの思考実験で挙げた2つの架空の例に比べると、相対的に容易であることが推察されます。

Fair By Design Fundは、インパクト目標の「明確さ」「スペシフィックさ」という点で稀有な事例かもしれませんが、「投資家主体・ポートフォリオレベルのIMM」の実践の「しやすさ」「難易度」は、ファンドのインパクト目標の「明確さ」そして「メリハリ」(スペシフィックさ)の影響を受ける可能性が示唆されます。

政府機関の目標の「明確さ」と組織パフォーマンスに関する研究からの示唆

ここで、やや話が飛びますが、政府機関(公的組織)の目標のあいまいさと組織のパフォーマンスの関係を統計的に分析した論文があります。具体的には、「Goal Ambiguity and Organizational Performance in U.S. Federal Agencies」というタイトルで、2005年に発表されたこの論文では、米国の32の連邦政府機関を対象に、各機関が正式に公表している目標のあいまいさを数値化した指標と、各機関で働く人々へのアンケート調査から算出した組織パフォーマンスに関する指標との関係を統計的に分析した、ユニークな研究結果が報告されています。

その分析結果は、(詳細は割愛しますが)目標のあいまいさと、組織パフォーマンスの間には、統計的にマイナスの関係が存在する、というものでした。言い方を変えれば、目標が明確な政府機関のほうが、組織パフォーマンスが優れている傾向にある、ということです。

筆者の私見になりますが、インパクトファンドのインパクト目標は、政府機関の目標に、ある種似ているところがあると考えます。どちらも環境・社会的な価値を追求する性格のものであるため、例えば、営利企業における財務パフォーマンスの目標に比べると、定性的であいまいな目標になる傾向にあるのは至極当然のことだと思われます。

同時に、書籍『測りすぎ:なぜパフォーマンス評価は失敗するのか?』(ジェリー・Z・ミュラー著)が分かりやすく警鐘を鳴らしてくれているように、パフォーマンス評価において定量指標に偏重しすぎることは、様々な弊害が生じうることも私たちは知識として持っています。定性的であいまいな目標が必ずしも良くないという訳ではないと思われます。

とはいえ、そのような中でも、目標が明確な政府機関のほうが、組織パフォーマンスが優れる傾向にあるという報告は傾聴に値すると考えます。

おわりに

このコラムでは、ファンドのインパクト目標の「明確さ」「メリハリ」と「投資家主体・ポートフォリオレベルのIMM」の実践の「しやすさ」「難易度」との関係について考察しました。一言でまとめると、ファンドのインパクト目標は「明確」「スペシフィック」であるほうが、「投資家主体・ポートフォリオレベルのIMM」の実践というPDCAサイクルを「回しやすそうだ」ということになります。

ただし、ファンドのインパクト目標を「限定しすぎる」ことを懸念する声もあるかもしれません。というのも、インパクト目標を限定しすぎると、投資対象となる企業が限定されすぎてしまい、ファンド自体の組成が難しくなる、あるいは、ファンドとしての(財務的な)リスクが大きくなってしまう、といったことがあるかもしれないからです。

こうしたことを考えると、ファンドのインパクト目標の「明確さ」や「メリハリ」には、「丁度よい塩梅」「バランス」が存在するのかもしれません。また、いわゆる「インパクトファースト」と呼ばれるような性格を持つファンドのほうが、リスク許容度が高く、明確でスペシフィックな目標設定に馴染みやすい可能性も考えられますので、「丁度よい塩梅」「バランス」は、ファンドの性格によっても異なるのかもしれません。

今後、多様なインパクトファンドにおいて「投資家主体・ポートフォリオレベルのIMM」の実践の蓄積が積みあがっていくにつれて、ファンドのインパクト目標の「明確さ」や「メリハリ」の「丁度よい塩梅」「バランス」についての理解や考察が深まっていくことを期待したいと思います。


執筆者:林 寿和(はやし としかず)
Nippon Life Global Investors Europe Plc、Head of ESG
文部科学省、株式会社日本総合研究所を経てニッセイアセットマネジメント株式会社入社、2022 年 3 月より現職として出向中。ESG・インパクトに関するリサーチ等に携わる。2023年12月より金融庁金融研究センターの特別研究員としてIMMに関する研究プロジェクトもリードしている。
インパクト投資に関連する最近の主な論文に「インパクト加重会計の現状と展望:半世紀にわたる外部性の貨幣価値換算の試行を踏まえた一考察」、「インパクト創出と企業価値向上は両立するのか―事例調査とパーパスの内容分析に基づく実証分析の両面から―」(いずれも金融庁金融研究センターディスカッションペーパー、共著)などがある。


※本記事は作成時点で入手可能なデータに基づき作成しています。また、記事内容は執筆者個人の見解を含むものであり、当機構の公式見解を示すものではありません。

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