IMM(インパクト測定・管理)とは何か?実施主体は企業か、それとも投資家か? ~林 寿和コラム 第1回
インパクト投資活動において、欠かすことができない重要な要素の一つとされているのがIMMの実施です。IMMとは、Impact Measurement and Managementの略で、日本語では「インパクト測定・管理」や「インパクト測定・マネジメント」と表記されます。
このコラムでは、IMMの成り立ちや、その意味合いを確認するとともに、IMMには企業主体・個社レベルのIMMと、投資家主体・ポートフォリオレベルのIMMが存在する、という点について解説します。
IMMという言葉はいつ頃生まれたのか?
IMM(アイ・エム・エム)という言葉(略語)を誰が考案したのかについては、(筆者が調べた限りにおいては)判然としません。しかし、インターネット上で公開されている様々な情報を調べた限り、インパクト投資に関する世界最大級の会員組織であるGIIN(グローバル・インパクト投資ネットワーク)の関係者が、2017年頃に考案した可能性が高いと筆者は考えています。
そう考える理由は、IMMという言葉が使われている文献を調べられる限り調べたところ、GIINが公開しているレポートが最も古い文献だったからです。
具体的には、GIINが2017年5月に公表した「Annual Impact Investor Survey 2017: The Seventh Edition」という年次調査報告において、Impact measurement and managementという言葉が初めて登場します。ただし、ここではIMMという略語はまだ使用されていません。その後、2017年12月にGIINが公表した「The State of Impact Measurement and Management Practice:First Edition」というIMMに焦点を当てたレポートで、初めてIMMという略語が登場し、繰り返し用いられています。その後、2018年以降にGIINが公表した様々なレポートでもIMMという略語が用いられています。
こうした事実から、IMMという言葉は、2017年ごろにGIINの関係者が考案し、その後、次第にインパクト投資の関係者の間に浸透していった可能性が考えられます(ただし、あくまで筆者が調べた限りの情報に基づく推察であることをお断りしておきます)。
IMMの意味合いとは?
さて、このIMMですが、GIINによれば次のように定義されています。
この定義は少し複雑に見えますが、「人々や地球への影響・効果をしっかりと測定し、その改善・向上に向けた継続的な取り組み」と言い換えても大筋では間違っていないと考えられます。あるいは「インパクト測定を活用して、人々や地球への影響・効果の改善・向上に向けてPDCAサイクルをしっかりと回し続けること」と言い換えてもよいかもしれません。
いずれにせよ、単にIM(Impact Measurement:インパクト測定)ではなく、IMMという言葉が誕生した背景には、2つ目の「M」、すなわち、インパクト測定を活用した管理/マネジメントの重要性を強調する意図があったと考えられます。
IMMは一体誰のものか?
先程のGIINによる定義では、IMMは「効果的なインパクト投資を行うために不可欠」と書かれており、実施主体は投資家を想定しているように読めます。
他方で、IMMに関しては、その実施方法を指南する様々なガイダンス類が存在しています。その中で、比較的よく知られているものの一つに「SDG Impact Standards」というものがありますが、このガイダンスは「企業向け」と「PEファンド向け」が別々に存在しており、実施主体として企業と投資家の両方が想定されています。
さらに、IMMに関するガイダンス類を独自に整理・分類し、その一覧を提供しているIMP(Impact Management Platform)も、既存のガイダンス類を、「企業向け」「投資家向け」の2つに大別して紹介しています。
IMMは、当初は投資家を実施主体と想定して誕生した概念と考えられますが、その後、企業と投資家の両方を実施主体と捉える概念へと広がってきたと考えられます。
実際、インパクト投資にかかわる実務家の間でもIMMの実施主体を投資家と捉えるか、あるいは企業と捉えるかについては、様々な見方があるように思われます。
確かに、インパクト(ここでは「インパクト」の定義には深入りすることは避け、地球や人々への影響・効果とざっくりと捉えます)を生み出す主体は一義的には企業です。企業がいなければ、投資家だけが存在していてもインパクトは生まれません。出来るだけ多くのインパクトを生み出そうと活動する企業においては、そのために様々な試行錯誤が行われることと思います。その際に、インパクトをどのくらい生み出すことができたのか、あるいは生み出すことができそうか、を確認しながら、改善策や向上策など次の一手を考えていく、そういった行動は自ずと行われることになると考えられます。
こうした企業に投資する投資家においては、IMMの実施主体はあくまで投資先企業であり、投資家の役割は、その実施の支援(例えば、より良いモニタリング指標を提案する、より良い活用方法やそのための体制構築を指南する、等)にあると捉えても不思議ではありません。筆者はこれを「企業主体・個社レベルのIMM」と呼んでいます。
しかし、IMMの実施主体は企業だけにとどまるものではありません。前述のとおり、GIINによる定義に立ち返れば、その実施主体は投資家が想定されています。例えば、ファンドの目的に照らして、ポートフォリオ全体としてどの程度インパクトを生み出しているか、あるいは、生み出せそうか、を確認した上で、投資ポートフォリオの充実や改善につなげていくというIMMもあり得ると考えられます。筆者はこれを「投資家主体・ポートフォリオレベルのIMM」と呼んでいます。
「企業主体・個社レベルのIMM」と「投資家主体・ポートフォリオレベルのIMM」はそれぞれが重要な役割を担っている
このように、一口にIMMといっても、「企業主体・個社レベルのIMM」と「投資家主体・ポートフォリオレベルのIMM」という大きくレイヤーの異なるIMMが存在していることが分かります。
さて、ここで、企業主体のIMMと投資家主体のIMMのどちらがより重要なのでしょうか。それを一概に決めることは非常に困難ですが、ハーバード・ビジネス・スクールのアルノール・エブラヒム准教授(当時。現在はタフツ大学教授)らが執筆し、2014年に『カリフォルニア・マネジメント・レビュー』誌に掲載された論文では、投資家主体のIMMの重要性が強調されています。
その論拠として指摘されているのは、インパクトというものは、現実には企業単独の行動で実現するのは稀なことであり、多くの場合、共通の目標に向かって活動する複数の企業が連携することによってはじめて実現するという点です。投資家は、投資先企業の1社1社以上に、複数の企業の活動がどのように組み合わされ、相乗効果が生まれるかを俯瞰的にとらえて、行動することができる立場にあることから、インパクト測定は、投資先企業がそれぞれ個別に実施するよりも、むしろ投資家がポートフォリオのレベルで実施するほうが効果的であると論じています。
これに関連する記述は、2024年3月に金融庁が公表した「インパクト投資(インパクトファイナンス)に関する基本的指針」の中にも見られます。具体的には、「近年、ポートフォリオ全体として一定の社会・環境的効果の発現を企図し、同効果の発現に関わる企業群に投資を行うファンド等(例えば、有効な効果発現が見込まれるある製品や技術に着目してその実装・活用を進めるよう、これに必要な製品開発、部品提供、インフラ整備等に連なる様々な既存・新規企業に広く戦略的に投資を行う者等)が見られる旨の指摘があった」と記されています。
もちろん、「企業主体・個社レベルのIMM」、すなわち、インパクトを目指す企業自らが、自社のインパクトの状況を確認し、その改善・向上に向けてPDCAサイクルをしっかりと回し続けることは重要なことだと考えられます。しかし、IMMといった時、必ずしも、こうした企業主体のIMMだけでなく、「投資家主体・ポートフォリオレベルのIMM」というものが別途存在しているということ、そして、それらは相反する二者択一のものではなくて、それぞれが重要な役割を担っているという捉え方が重要と言えるのではないでしょうか。
おわりに
このコラムでは、IMMの成り立ちや、その意味合いを確認するとともに、IMMには企業主体・個社レベルのIMMと、投資家主体・ポートフォリオレベルのIMMがそれぞれ存在するということを確認しました。
このコラムが、インパクト投資活動に欠かせない要素の一つとされるIMMに関して、改めてその役割や実施の在り方を考えてみる一つのきっかけになれば幸いです。
執筆者:林 寿和(はやし としかず)
Nippon Life Global Investors Europe Plc、Head of ESG
文部科学省、株式会社日本総合研究所を経てニッセイアセットマネジメント株式会社入社、2022 年 3 月より現職として出向中。ESG・インパクトに関するリサーチ等に携わる。2023年12月より金融庁金融研究センターの特別研究員としてIMMに関する研究プロジェクトもリードしている。
インパクト投資に関連する最近の主な論文に「インパクト加重会計の現状と展望:半世紀にわたる外部性の貨幣価値換算の試行を踏まえた一考察」、「インパクト創出と企業価値向上は両立するのか―事例調査とパーパスの内容分析に基づく実証分析の両面から―」(いずれも金融庁金融研究センターディスカッションペーパー、共著)などがある。
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