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インパクト投資と契約条項 ~インパクト投資特有の契約条項についての議論とその利用実態~ 渡邉貴久コラム 第3回

前稿では、インパクトの実現に資する投資手法の設計について議論をしました。

本稿では、そのような投資手法の設計と組み合わせて、インパクト目標の実現に資する、ひいてはインパクトウォッシュを防ぐための契約条項についてご紹介します。


インパクト投資特有の契約条項とは?

日本でインパクト投資を実施している実務家の方々とお話をすると、インパクト投資の場面においても、通常のベンチャー投資や融資において利用されている契約書を流用しているケースも多く、インパクト投資特有の契約条項を実務に取り入れているという方々はまだ少ないという印象を持ちます。もっとも、これは日本だけでなく、各国のインパクト投資家や、インパクト投資に関わる弁護士達と議論をしても、インパクト投資においてインパクトに関連する条項を契約書にどのように・どの程度規定するかについて、その態度は様々であり、未だ議論の途中であると感じています。

しかし、インパクト投資の契約において、関連する規定を設けるかは、インパクトウォッシュを避けるという側面の他に、投資期間中における事業運営・インパクトの実現についての価値観・行動指針についての共通の認識を持つことで、最終的なインパクト目標の実現にも貢献するといったメリットがあります。

海外に目をむけると、インパクト投資に関する契約条項の利用の兆候が見られます。例えば、GIINが公表したSTATE OF THE MARKET 2024:Trends, Performance and Allocationsにおいては、調査対象となった62%の投資家が、法的文書に規定を盛り込んでいることが報告されています。

また、このような契約条項ついての認識や理解を促進しようという取り組みも広がってきています。例えば、欧米を中心とする弁護士等から組成される有志の団体であるLISI(Legal Innovation for Sustainable Investments)によるImpact Term Sheet 2.0(※)やインパクト投資に関するターム・事例の紹介を行う、The Impact Terms ProjectによるTerm Sheets & Case Studiesなど、実際のタームシートや契約条項の例、考慮すべき要素等についての情報提供も行われています。

※参考:LISIのImpact Term Sheet 2.0については、こちらで抄訳をご紹介させて頂いておりますので、ご参照ください。

どのような契約条項があるか?

契約の種類や商品設計、投資家・投資先の属性等によって異なり得るものの、実際に、インパクトファンドの組成の際のGPとLP間の契約、および、個別案件における投資契約において、インパクト投資特有の契約条項としては以下のような項目が考えられます。 

<インパクト投資特有の契約条項>項目と内容

■ファンド契約(LP=GP間)

目的・インパクトの内容に関する規定

ファンドの組成の目的・目指すインパクトの内容

ネガティブ・インパクトの禁止
環境や社会に悪影響を及ぼす可能性のある投資の禁止等

デュー・ディリジェンス(DD)
通常のDDとは別途、インパクトに関するDDを実施することや、より具体的に、特定のインパクトに関する効果が見込めることが確認できた場合に投資を行う等

インパクト測定・報告
ファンド単位でのインパクト測定方法や基準、報告頻度や報告内容等

国際的なESGスタンダードへのコミットメント
PRI等の国際的なESGスタンダードの遵守への誓約や当該スタンダードの遵守状況についてのモニタリング

インパクト委員会
インパクト委員会を設置し、ファンドのインパクト目標との整合性の審査を行う等

インパクト連動型報酬
インパクトパフォーマンスに連動したインセンティブ

■投資契約(ファンド=投資先間/株主間)

目的・インパクトの内容に関する規定
会社の目的・ミッション/投資家のミッションや意図、目指すインパクトの内容・定義、共有するビジョン

ミッションドリフトを防ぐための仕組み
定款・ミッションステートメントへの目的・ミッションの反映や、事業計画の変更等に関する事前同意事項・ネガティブ・コベナンツ(一定の事項についての不作為義務)、ミッションドリフトが生じた場合の強い法的効果(サンクション)等

取引内容
商品設計、インパクト連動型メカニズム等

ガバナンス
取締役会の構成、投資家から一定の役員等を指名・派遣権、または取締役会へのオブザーバーの派遣等、インパクト・コミッティ(経営陣から一定の独立性を有する任意の社内機関)の設置・運営、役員・従業員のインパクト連動型報酬、ステークホルダーの参画プロセス、B Corp認証等

測定・評価・報告
インパクトの測定や評価に関するKPI、測定・評価の方法、報告事項・頻度等についての取り決め(第三者認証の取得等を含む。)

エグジット
投資家のエグジット時の手続、売却先の確認(ミッションへの確約をしている売先にのみ売却できる等)、他の株主、経営者、発行体に対して先買権(既存関係者が第三者に先だって株式を取得する権利)の付与等

参考:スタートアップ投資を想定した契約条項については、こちらでも解説をしていますので、ご参照ください。

どれくらい利用されているのか?(契約条項の利用実績に関する研究結果)

上記の通り、インパクト投資に関する契約条項への利用の態様は、地域やセクター、投資家の属性等により様々であり、統計的な情報は限定的です。もっとも、今回は、2021年に、米国の複数のビジネススクール・ロースクールの教授らによって、各国の53のインパクトファンドと96のポートフォリオカンパニーが作成した207の契約書やタームシートを分析した論文が公表されおり、以下のような内容が報告されています。 

①   ファンド契約について

出所:当該論文のTable5のデータを元に筆者にて作成

●調査対象のほぼすべてのファンド(98%)が、何らかのインパクト追求の意図に関連する条項を定めている
●ガバナンスに関して、インパクトファンドは、90%以上の割合でLPにインパクト委員会といった諮問委員会へ参加する役割を付与しており、これはインパクトファンド特有の特徴であるとの指摘がなされている
●社会的な目的(83%)は環境目的(64%)よりも一般的
●最も一般的なオペレーティングインパクトタームはデュー・ディリジェンスプロセスとインパクトマトリックスを要求するものであり、約70%~80%のファンドがデュー・ディリジェンスにインパクト指標を確認するための条項を設け、投資がファンドのインパクト目標に合致する投資であることを確認することを求めている
●大半のファンド(60%)がネガティブ・インパクトを禁止している
●1/3程度のファンドにおいて、インパクトの第三者測定やESG基準へのコミットメントが求められており、インパクト委員会の設置(17%)が求められる場合もある。なお、インパクトと報酬の関連付け(9%)は稀であることが報告されていますが、昨年The ImPactのリードで公表されたレポートにおいては、対象となった214の組織のうち52のGPがインパクト連動型報酬を採用しており、45の組織が現在インパクト連動型報酬の導入を検討していることが報告されています。また、近時、欧米の大規模な運用会社がインパクト連動型報酬を導入する例もみられてきており、例えば、Apolloのimpact mission fund(10億ドル規模)が、キャリー報酬の10%をインパクトに連動させており、ポジティブ・ネガティブインパクトに関するKPI及びB Corp認証に利用されるB Impact Assessmentのスコアを活用する取り組みを行っていることなどが注目されます。 

②   投資契約について 

出所:当該論文のTable5のデータを元に筆者にて作成

●投資契約でインパクト条項が含まれている割合は63.5%
●ファンド契約におけるインパクト条項が多いほど、投資先との間の契約でもインパクト条項が多い
●80%以上のファンドが少なくとも一つの投資先企業との契約にインパクト条項を含めている
●多くのファンドにおいて取締役会の指名権を確保することで、経営への影響力を確保しようとする傾向が見られる
●投資先企業の事業内容や業界特性にインパクトが組み込まれている場合、改めて契約で明記する必要がないと考えられるケースも想定される

どのような契約条項を入れるべきか?

インパクト投資において入れるべき契約条項は個別の案件によって異なります。実際、上記の論文でも、契約書間での条項の使い回しや、標準化されたテンプレート文言が使われている形跡はほとんど見られなかったことが報告されております。また、最初に紹介したLISIのImpact Term Sheet 2.0においても、当該タームは、当事者間のインスピレーションを喚起したり、作業負担を軽減するために参照可能な雛形としての位置付けとされており、案件の性質や法域によって調整がなされることを前提としています。したがって案件やファンド等の特性に応じたカスタマイズが必要になります。

現状、日本のインパクト投資の実務においては、インパクト投資家が契約に関する交渉力のあるリード投資家としての立ち位置で出資をするケースはまれであることなどもあり、また、特にIPOでのエグジットも見据えた投資の場合には、通常ではない条項を含めることに対する抵抗感の存在も要因となってインパクト投資特有の契約条項が検討・採用される例もまだ限定的であると認識しています。もっとも、この点については、インパクト投資家以外の投資家にもこのような条項についての認知を広めること、案件に即した適切な設計となる条項を規定するプラクティスが積み重ねられること、資本市場におけるルールについても一定の整備をしていくこと等が望まれます。

また、目的・インパクトの内容に関する規定等やインパクトの測定・報告に関する規定などについては、当該観点からも様々なアセットクラスの契約において比較的採用しやすい規定であると言えます。他の条項についても、実際に契約書に規定されなくとも、上記のような論点があることを念頭にコミュニケーションをすることは、双方の理解の促進にも資すると考えられることから、特に海外での利用状況も踏まえて、特にインパクトファーストファンドにおいては、今後積極的にインパクトに関する契約条項を利用することが期待されます。


執筆者:渡邉 貴久(わたなべ たかひさ)
西村あさひ法律事務所・外国法共同事業 弁護士
企業法務に幅広く携わり、国内外のM&A、コーポレートガバナンス等に関する案件を担当。サステナビリティ・インパクト投資分野にも注力しており、国際的なインパクト分野の弁護士からなるGlobal Alliance of Impact Lawyers(GAIL)のアジア太平洋地域理事等も務める。国内外の投資家・非営利法人・インパクトスタートアップやそれらの関連団体にアドバイスを提供する他、ESG投資やインパクト投資を含むサステナブルファイナンス、ベネフィット・コーポレーション等のソーシャルエンタープライズ、B Corp認証、サステナビリティ規制等に関する研究・発信・セミナー等も多数行う。


※なお、本記事で紹介した資料や事例等は、公開情報や文献に基づき可能な限り正確に記述することを心がけましたが、筆者の解釈や推察が含まれる可能性があり、その正確性について保証するものではありません。また、本記事に記載された意見や見解は、あくまで筆者個人のものであり、筆者の所属組織・当機構の公式⾒解ではないことを申し添えます。


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