Prove か Improve か?企業や投資家はなぜインパクト測定を行うのか? ~林寿和コラム 第4回
「インパクト投資」の実践を標ぼうする投資家や、「インパクトスタートアップ」「インパクト企業」を標ぼうする企業の間では、何らかの「インパクト測定」を行うことが、デファクト・スタンダート(事実上の標準)となりつつあります。しかし、こうした企業や投資家は、そもそも論として、一体なぜインパクト測定を行うのでしょうか。インパクト測定にはどのような効果があるのでしょうか。
このコラムでは、「インパクト測定をなぜ行うのか」という、極めて本質的な問いについて考えてみたいと思います。
インパクト測定に力をいれる理由は様々
「What gets measured, gets managed」という非常によく知られた格言があります。「測定されるものは管理される」という意味です。パフォーマンスを向上させるために、パフォーマンスを測定して定量化することの重要性を表す格言として、たびたび引用されます。これが正しいとすれば、インパクトを追求する企業や投資家においても、インパクトの拡大や改善を目指すにあたり、インパクト測定が重要であることが示唆されるわけです。
しかし、世の中で行われているインパクト測定は、この格言が当てはまるようなものばかりではなさそうです。
やや古い調査にはなりますが、英国の慈善団体を対象とした大規模な調査があります。この調査では、インパクト測定を行う理由についてアンケートが行われています。
具体的には、755の回答機関のうち550の回答機関が「過去5年の間にインパクト測定により多くの労力を費やすようになった」と回答しており、この550の回答機関のうちの51.8%が、より多くの労力をインパクト測定に費やすようになった理由として、「資金提供者からの要求の変化」を挙げています。一方で、「サービスの改善のため」は4.5%、「提供するサービスが生み出している変化について知りたい」は3.8%にとどまることが報告されています。
図1 インパクト測定により多くの労力を費やすようになった主な理由(単一選択)
この調査は、投資家や企業ではなく、慈善団体を対象としたものではありますが、インパクト測定は、必ずしもインパクトの拡大や改善のためだけでなく、資金提供者などへの外部報告のため、あるいは説明責任を果たすため、といった理由を含めて、実に様々な目的のために行われている様子がうかがえます。
インパクト測定は「Prove」(証明)のためか、それとも「Improve」(改善)のためか:アネベス・ロア氏による研究
インパクト測定を行う理由や目的については、アカデミアの研究対象にもなっています。
オランダ・エラスムス大学ロッテルダム経営大学院のアネベス・ロア氏らが手掛け、2024年に学術誌に掲載された論文は、投資に伴うインパクト測定に関する学術論文のレビュー論文です。同氏らは、既存の学術論文を丹念に調べ上げ、投資に伴うインパクト測定に言及している141本の学術論文を特定しています。これらは、2003年から(同氏らが調査を行った)2021年5月までの間に刊行された論文です。
そして、ロア氏らが、この141本の学術論文について、その各論文の著者がインパクト測定の目的をどのように取り扱っているかを分析・集計したところ、87本の論文で目的に関する言及があり、うち67本が「Prove」(証明)の文脈でインパクト測定を、66本が「Improve」(改善)の文脈でインパクト測定を取り上げていることが報告されています(ここでは、両方の文脈でインパクト測定を取り上げている46本の論文は重複カウントされています。)。
図2 インパクト測定の目的
論文数の多数決をとることに本質的な意味があるわけではありませんが、数ベースでは、「Prove」(証明)の文脈でインパクト測定を取り上げる論文と、「Improve」(改善)の文脈でインパクト測定を取り上げる論文とが拮抗している状況になっています。
ロア氏らは、インパクト投資家が「Prove」(証明)のためだけにインパクト測定を行う場合、世の中をより良くするというインパクト投資に期待されている本来の役割を果たすことができないだろうと指摘しています。同時に、「Improve」(改善)の重要性に言及する論文は一定数刊行されているものの、投資家がどのようにすれば実際にそれを行うことができるのかについて、具体的に述べている論文はわずかであることも指摘しています。
インパクト測定を、どのようにすれば「Improve」(改善)に繋げていくことができるのか、については、まだまだ具体的なノウハウが体系化されていない様子がうかがえます。
社会的企業はなぜインパクト測定を行うのか:サウラブ・ラル氏による研究論文
英グラスゴー大学のサウラブ・ラル氏は、世界の社会的企業のデータを用いて、社会的企業がインパクト測定を実施する理由を定量的に分析するというユニークな研究を行ったことで知られる研究者です。2017年に学術誌に論文が掲載されています。
この論文は、インパクト測定を、「Prove」(証明)のためか、それとも「Improve」(改善)のためか、という二項対立の構図を用いて論じた初期の論文だと考えられます。
その分析結果は、「外部要因」、つまり、第三者から助成金を受け取っている、あるいは助成金の獲得を目指しているといった要因がインパクト測定の実施に大きく関係しているはずだ、という当初の予想に反して、「内部要因」、すなわち、社会的企業の創業者の過去の非営利セクターでの実務経験などの要因のほうが、インパクト測定の実施に大きく関係している、という内容になっています。この分析結果を受けて、ラル氏は、社会的企業の間でインパクトに関するパフォーマンスの管理や改善に向けた取り組みが高度化してきている可能性があるとしています。
さらに、2019年にもラル氏による別の論文が学術誌に掲載されています。
2019年の論文では、インパクト測定に関して、社会的企業とその資金提供者の相互作用に着目した研究が報告されています。その結果、資金提供者が社会的企業に資金を提供する前段階や初期段階においては、インパクト測定は、社会的企業と資金提供者の双方から、正当性を確立するための手段として捉えられている一方で、時間の経過とともに、インパクト測定が組織学習のツールとしての位置付けへと変化していくことを報告しています。
つまり、当初は「Prove」(証明)のために始まったインパクト測定であったとしても、次第に「Improve」(改善)のための測定へと進化を遂げていく可能性があるというわけです。
おわりに:インパクト測定・管理(IMM)のための測定
このコラムでは、インパクト測定を、「Prove」(証明)のためか、それとも「Improve」(改善)のためか、という二項対立の構図で論じている代表的な学術論文を取り上げました。
ところで、第1回コラムで述べたように、近年注目が高まっている概念である「インパクト測定・管理」(IMM)とは、端的に言えば「人々や地球への影響・効果をしっかりと測定し、その改善・向上に向けた継続的な取り組み」のことであり、「インパクト測定を活用して、人々や地球への影響・効果の改善・向上に向けてPDCAサイクルをしっかりと回し続けること」と言い換えても、概ね差し支えないであろうことを述べました。
このようなIMMの意味合いに照らせば、IMMの一環として行われるインパクト測定は、「Improve」(改善)のために行われる測定であるはずだ、ということになります。もし測定が、もっぱら「Prove」(証明)のためだけに行われるとしたら、それはIMMの一環とは言い難い、ということになるでしょう。IMMの観点からいえば、インパクト測定はあくまで「手段」であり、それ自体が「目的」というわけではありません。
とはいえ、このコラムでも紹介したロア氏が論文の中で指摘しているように、企業や投資家がインパクト測定をどのように行い、そして、それをどのようにそれを活用すれば、インパクトの改善に繋がる蓋然性が高まるのか、この点については、少なくとも現時点で具体的なノウハウは体系化されていないように思われます。実務家の手による、さらなる創意工夫や試行錯誤が期待されていることは言うまでもありませんが、同時に、そうしたノウハウを整理・体系化してわかりやすく伝える研究者等の役割にも期待が高まっているといえそうです。
執筆者:林 寿和(はやし としかず)
Nippon Life Global Investors Europe Plc、Head of ESG
文部科学省、株式会社日本総合研究所を経てニッセイアセットマネジメント株式会社入社、2022 年 3 月より現職として出向中。ESG・インパクトに関するリサーチ等に携わる。2023年12月より金融庁金融研究センターの特別研究員としてIMMに関する研究プロジェクトもリードしている。
インパクト投資に関連する最近の主な論文に「インパクト加重会計の現状と展望:半世紀にわたる外部性の貨幣価値換算の試行を踏まえた一考察」、「インパクト創出と企業価値向上は両立するのか―事例調査とパーパスの内容分析に基づく実証分析の両面から―」(いずれも金融庁金融研究センターディスカッションペーパー、共著)などがある。
※本記事は作成時点で入手可能なデータに基づき作成しています。また、記事内容は執筆者個人の見解を含むものであり、当機構の公式見解を示すものではありません。