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インパクト・ファースト ファンドの実態~須藤奈応コラム 第1回

インパクト投資は、経済性と社会性を同時に追求する投資のことを言いますが、より経済性を重視するのか、社会性を重視するのかは、インパクト・ファンドの戦略によって異なります。Global Impact Investing Network(GIIN)の調査結果によると、経済性をより重視するファンド(ファイナンシャル・ファースト)が圧倒的に多数で74%を占めていますが、残り26%〔 内訳はマーケットレートよりも低く、資本保全に近い(12%)、マーケットリターンに近い(14%)〕は社会性をより重視するインパクト・ファースト ファンドで構成されています。投資家の資金規模に応じた特徴も見られ、大口投資家の90%がより財務リターンを求めているのに対し、小口の投資家は60%と割合が下がっています。 

(出所)GIIN「2023 GIINSIGHT Impact Investor Demographics」

本コラムでは、インパクト・ファースト ファンドに焦点を当てて、解説していきます。 


インパクト・ファースト ファンドの担い手の実態

海外でのニュースや調査レポートを追っていると、経済性をより重視するファンドの方が記事に取り上げられることが多い印象を受けます。それはインパクト・ファースト ファンドの資金の出し手が富裕層や富裕層の資産管理会社であるファミリーオフィスが多くいるため、実態が掴みにくいといった事情がありそうです。しかし、最近は少しずつレポートが公表されるようになりました。 

インパクト・ファースト ファンドの話に入る前に、富裕層の実態を見ておきます。Family Wealth Transfer 2024によると、2023年には、純資産が100万ドルを超える高額所得者の世界人口は推定で3,800万人に達しました。この富裕層のうち、42万人の(純資産が3,000万ドルを超える)超富裕層は高額所得者人口のわずか1.1%であるにもかかわらず、総純資産額は49.2兆ドルに達し、富裕層全体の資産の32%を占めています。富裕層全体の総資産は現在、151兆ドルに達しており、これは米国と中国の経済の合計GDPを上回る膨大な額です。

(出所)Wealth-X「Family Wealth Transfer 2024

次に、このような富裕層の一部の資産がインパクト・ファーストのファンドに活用されているという内容のレポートを紹介します。全米ファミリー・フィランソロピー・センターがアメリカのファミリー財団によるインパクト投資の取組状況をまとめています。本レポートによれば、インパクト投資に取り組んでいるファミリー財団(単一の家族からの資金で運営される民間の財団)の数は、2015年から2020年にかけて倍増しています。以下の図にあるように、インパクト投資の導入または継続的な拡大の計画も2015年から増加しており、全ファミリー財団の約2割が近い将来にインパクト投資を導入すると回答し、約3割がこの種の投資の拡大を計画しているとの結果が出ています。

(出所)National Center for Family Philanthropy「TRENDS 2020

なぜインパクト・ファースト ファンドが今、注目されているのか?

インパクト・ファースト ファンドは、質の悪い投資であったり、リターンを全く気にしない投資ということではありません。リターンの定義が一般の投資とは異なり、経済性だけではなく、どれだけ人々の生活を改善させることができたかという社会性の観点で判断されるものです。

これらの投資は、よく”Catalytic Capital”とも言われています。投資先の展開する事業領域の市場が熟成しておらず、経済性に重きを置くインパクト・ファンドがなかなかリスクマネーを提供できないところに、インパクト・ファースト ファンドがそのリスクをとって投資することに特徴があります。超長期的な観点で投資を実行することができるので、仮に未成熟な市場であっても、社会的意義の高い市場にいち早くリスクマネーを提供することができます。その結果として、より経済性を求める、他の投資家が市場参入をしやすくなるといった、触媒的(Catalytic)な役割を果たしています。

CATALYTIC CAPITAL: PATHWAYS TO IMPACT

(出所)Tideline「Catalytic Capital

例えばアメリカでは、財団がリスクを取っていち早く投資していた案件に、シリコンバレーを代表するベンチャーキャピタルが追加投資をしたり、新興国では、開発金融機関がその専門性を生かして投資した案件に、年金基金などからの資産を預かるPEやVCがその後投資している事例も出てきています。 

インパクト・ファーストのファンド例

インパクト・ファーストを標ぼうする組織・ファンドをいくつか紹介します。

Bill & Melinda Gates Foundation財団規模 420億ドル、職員数 1,000人)
民間企業に匹敵するほどの結果へ執着することで知られる。別組織ではあるが、ビル・ゲイツによるBreakthrough Energy Venturesも有名。

Ford Foundation(財団規模 106億ドル、職員数 920人以上)
1936年に設立。20世紀中盤に一般的な慈善活動から格差問題の解決に重点を置く方向に転換し、現在もそのテーマを中心に活動。人権、芸術、文化の包摂性、特に世界中のマイノリティや疎外されたコミュニティの支援に注力。

Omidyar Network(財団規模 18億ドル、職員数 50人以上)
eBayの創業者ピエール・オミディア夫妻によって設立され、有限責任会社(LLC)と民間慈善財団の両方として活動することで、非営利団体への助成金提供や企業への投資。

MacArthur Foundation(財団規模 373億ドル、職員数 50人以上)
生命保険会社 Bankers Life and Casualty等保有するシカゴ実業家による1970年創設の財団。

 The Rockefeller Foundation(財団規模 220億米ドル、職員数 475人)
Zero Gap Fundは設立5年目を迎え、気候変動に焦点。合計で10億ドル以上調達。

Builders Initiative(財団規模 非公表、職員数 100人以上)
アメリカ小売企業ウォルマート創業一族によるファミリー財団。

Better Society Capital(財団規模 9億2,500万ポンド、職員数 非公表)
イギリスの休眠預金。

Ceniarth(財団規模 6億8,500万ドル、職員数 非公表)
イギリスのファミリー財団。メインストリームの金融機関が資金提供できないような、最も資金を必要としている先に低コストで資金投下することに注力。

Shell Foundation(財団規模 2億5,000万ドル、職員数 非公表)
企業財団としてのベンチャー・フィランソロピーやインパクト投資のリーダーで、エネルギーへのアクセス、輸送、情報、雇用の分野に焦点を当てている。 

これらのインパクト・ファースト ファンドの集まる団体もあります。代表的なものは以下です。

Mission Investors Exchange(会員数250以上)
Bill & Melinda Gates FoundationやThe Rockefeller Foundationをはじめとする有名な団体も参加しており、会員は、ベストプラクティスの共有、新しい投資機会の探索、相互に学び合う場。

TONIIC(会員数約400)
世界中の25か国以上から約500人の高資産個人、ファミリーオフィス、財団資産所有者で構成。地域ごとの集まり、インタラクティブなウェビナー、個別紹介を実施。

最後に

インパクト・ファーストな投資家同士が連携し、新しいモデル実証などに対して助成金を出すなど、市場醸成を目的とした取組み(Catalytic Capital Consortiumなど)が見られるようになりました。インパクト投資業界では、インパクト・ファースト ファンドの方が歴史が長く、投資手法やインパクト測定・マネジメントの発展はこういったファンドのノウハウやナレッジにより発展をしてきたといっても過言ではありません。今後の発展が期待されています。 

参考資料
The Bridgespan Group “Back to the Frontier: Investing that Puts Impact First By Michael Etzel, Matt Bannick, Mariah Collins, Jordana Fremed, and Roger Thompson”
Catalytic Capital Unlocking more investment and impact (Tideline, 2019)
社会性をより重視する投資ファンドの実態(ImpactShare, 2021)
・各財団のウェブサイト


執筆者:須藤 奈応(すどう なお)
Director, Impact Frontiers
インパクト・マネジメントを専門とする米団体Impact Frontiersにて機関投資家向けの研修開発や環境整備プロジェクトに従事。海外のインパクト投資動向を解説する一般社団法人ImpactShare代表理事。日経文庫「インパクト投資 入門」著者。慶應イノベーション・イニシアティブIMMアドバイザー。The Wharton School MBA。  

調査協力:松元まりあ(慶應義塾大学法学部政治学科4年)


※本記事は作成時点で入手可能なデータに基づき作成しています。また、記事内容は執筆者個人の見解を含むものであり、当機構の公式見解を示すものではありません。


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