老舗社会的企業によるインパクト投資:Growth Impact Fund
インパクト投資領域のベンチマークとなる国はどこか、という問いに対して、必ず名前が挙がる国の一つが英国です。英国の休眠預金などを資金源として社会的インパクト投資の拡大に取り組むビッグ・ソサエティ・キャピタル(現ベター・ソサエティ・キャピタル、以後BSC)の集計によると、英国における社会的インパクト投資(※)の額は、2011年の833百万ポンドから2022年の9,357百万ポンドと約10倍に成長しています。
(詳細:BSC(2024)「10 LESSONS FROM GROWING A MARKET X10 IN 10 YEARS」を参照
※Impact Investing Instituteによれば、BSCが集計する“社会的インパクト投資”の残高には、環境面の成果をターゲットとした投資、英国発のグローバル投資、インパクト主導ではない事業へのインパクト投資は含まれていません。)
この動きをけん引してきたのが、前述のBSCです。BSCは英国の社会問題や不平等への取り組みに投資される金額を拡大することを目的とし、英国の休眠預金などを資金源として2012年に設立。以後、6,000以上の組織を支援し、社会的インパクト市場の拡大に大きく貢献してきました。JANPIAの出資事業においても、BSCの事業内容やこれまでの振り返りなどを1つのベンチマークとしています。
急拡大するインパクト市場、その歪みは?
急拡大を果たしてきた英国のインパクト投資市場。一方で、社会的インパクト投資ファンドの多くがマジョリティ(白人男性、生活保護受給経験なし等)によって管理され、マジョリティが率いる社会的企業に投資されているという課題も指摘されるようになりました(例:「Reclaiming the Future Reforming Social Investment for the Next Decade The final report of the Commission on Social Investment」を参照)。
こうした課題に対応すべく、多様な人が率いる社会的企業の成長を支援するため、またインクルーシブな投資プラクティスを創ることをビジョンに設立されたのが今回紹介するGrowth Impact Fundです。
Growth Impact Fundとは?
Growth Impact Fundは、前述のビジョンの元、取締役会の75%以上、シニア・リーダーシップ・チームの50%以上が、以下のカテゴリーに該当する個人で構成されている組織への投資を目指しています。
黒人、アジア人、マイノリティ・エスニックを含む人種コミュニティーに属する
障がいをお持ちの方
女性
LGBTQIA+(性的少数者)
社会的課題の経験有
社会経済的に不利状況の経験有
Growth Impact Fundのもう1つの特徴は、ファンド期間をエバーグリーン(定めない)としていることです。これにより、投資先企業がエグジットのプレッシャーからインパクトを考慮しない買収に走るリスクを逓減しています。財務リターン(Financial Return)に対する投資目線は対外非公開ですが、ユニコーン企業創出を目指す伝統的なVCと比べると低い目線で投資を実施しています。
インパクトファーストな投資を実現する資本構成
Growth Impact Fundの運営母体は、英国の老舗社会的企業です。BIG ISSUEグループとして2005年に設立されたBig Issue Investが、社会起業家向けのアクセラレーターなどを行う財団であるUnLtdと共同で運営しています。BIG ISSUEは、ホームレスや生活困窮者に対して正当な報酬を与え、社会復帰への支援を目的としたストリート新聞を営むため1991年に設立された歴史ある社会的企業です。現在は、メディア媒体のBig Issue Mediaに加え、Big Issue Invest、Big Issue Recruitなど様々なグループ企業を有しています。
無制限のファンド期間・マーケットレートよりも低いリターンというファンドのストラクチャーを支えている主要投資家は以下の通りです。
一番の特徴は、Access財団とBank of Americaによる助成金でのLP投資です。これらの層は、ファーストロスレイヤー(First Loss Layer)とも言われ、損失が発生した場合に最初にそれを吸収する資本の層を指します。ファーストロスレイヤーは、リスクを引き受けることで他の投資家を引き込みやすくし、全体の資金調達を円滑に進める役割を果たします。こうした仕組みのことを、ブレンデッド・ファイナンス(Blended Finance)と言います
その他、複数のチャリティーや財団も投資家として名を連ねています。近年はチャリティーが投資活動をすることも増えており、多くの場合は各チャリティーのミッションと投資先ファンドのミッションが整合する場合に投資を行うようです。
ブレンデッド・ファイナンスの活用やチャリティー投資の呼び込みにより、同ファンドはインパクトファーストの実現をできるだけ可能にする土壌作りを目指しています。
Growth Impact Fundの投資手法および支援
社会的企業への投資手法としては、通常の株式出資・融資の他、「準株式(Revenue Participation Agreement、以後RPA)」という形式も併せて採用しています。
ここでのRPAは組織の売上パフォーマンスに基づいて利息支払額が決定される無担保ローンを指します。Revenue Participation Agreement(収益分配契約)の略で、Quasi Equityとも呼ばれます。
RPAでは、投資先企業の売り上げに対し、投資家は事前に合意された割合を受け取ります。投資先企業の売上がゼロであれば受け取る金額はゼロとなります。
投資を受ける側からすると、固定の利息が発生する融資に比べてRPAは発生した売上に応じての支払い義務しか発生しないため、融資の懸念である「売上がゼロに段階で利息を支払わなくてはならない」状態を回避することが可能です。チャリティーなど企業形態によっては株式を発行しない・株式譲渡が好ましくない場合があり、RPAは通常エクイティ投資を受けられない企業形態でも活用できるファイナンス手法となります。RPAは株式譲渡を発生せずに投資家と起業家でリスクをシェアするスキームとも言えます。
Growth Impact Fundでは、平均的に売上の5%を8年間受け取るRPA(支払金利の上限あり)を契約しています。
また、投資先への非資金的な支援では、Growth Impact Fundによる伴走支援として、Big Issue Investのインパクトチームが適宜インパクト評価の相談にのる、定期的なイベントによるネットワーキング、他投資家の紹介、弁護士や税理士等の紹介などを行っています。
これまで投資を受けたことのない社会的企業など、より多様な社会的企業に門戸を広げるため、定期的なオンライン説明会を開き、専門用語をできるだけ使わず顔の見えるファンドであることを重視しています。
投資先ケーススタディ:Lightning Reach
Growth Impact Fundの投資先ケーススタディとしてLightning Reachの事例をご紹介します。
以上、英国の特徴あるファンドの一つを紹介しました。
※本記事の内容は2024年2月時点の情報に基づき作成しています。
本記事のリサーチ:城守鈴果氏
新卒で三井住友銀行にて融資・貿易金融等を経験後、2020年英国へ移住。米銀勤務ののち、インパクト投資へのキャリアシフトのため英On Purpose Associateプログラムへ参加。老舗社会的インパクト投資ファンドのBig Issue Invest、The Social Investment Consultancyに半年ずつ勤務先、現在は英国老舗チャリティーにてヘルスケアベンチャーへのインパクト投資業務に従事。
記事構成・編集:JANPIA出資事業部note編集チーム