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なぜアフォーダブルハウジングが注目されるのか?英国の課題と投資家の視点に学ぶ

突然ですが、「アフォーダブルハウジング」という言葉を聞いたことがありますか。イギリスの社会的インパクト投資では、アフォーダブルハウジングに特化したファンドの取扱高が急激に増えており、イギリスの社会的インパクト投資残高の内55%が、アフォーダブル・ソーシャルハウジング分野への投資とされています。[Better Society Capital (以下BSC)の定義・データによる。(出所:BSC 2022 Market data)]

今回の記事では、アフォーダブルハウジングが伸びている背景にある課題、具体的な投資のスキーム、投資家に支持を得ている理由などを見ていきます。


課題ーアフォーダブルハウジングとは

イギリスでは歴史的かつ構造的な貧富の差、住宅価格の高騰、建設規制等により新しい建物が建ちづらいなど様々な複雑な事情により、一般的な住居にアクセスがない人が多くいます。(参考資料:JRFレポート、SDS記事)
National Housing Federationによると、必要な住居にアクセスがない人はイングランドだけでも850万人にのぼります。何かしらの理由で住む場所を失いホームレスになってしまった人・なりそうな人は、仮に公的な仕組みやチャリティーの支援で一時的なシェルターを確保できたとしても、中長期的に滞在できる住まいが必要ですが、上記のような複雑な事情により簡単に手が届きません。
そのような人が中長期的に住む場所として、アフォーダブルハウジングやソーシャルハウジング(※)が提供されています。この記事では国が運営する後者ではなく、民間企業やチャリティーも参画している前者のアフォーダブルハウジングについて取り上げます。

(※)英国の定義では、アフォーダブルハウジング(Affordable=入手可能な、手ごろな価格の)は市場価格の80%まで、ソーシャルハウジングは市場価格の50%までの賃料・不動産価格。前者は民間プロバイダー、地方自治体など提供者が多岐にわたり、後者は国が保有する不動産で、日本の公営住宅に近い概念です。(参考資料:英国政府ウェブサイト

アフォーダブルハウジング供給業者

英国のアフォーダブルハウジングの多くはアフォーダブルハウジング供給業者によって保有、運営されています。一言で言うと不動産デベロッパー且つ生活再建サポートという感じでしょうか。
St Mungo'sは2005年に設立されたホームレスの支援を行うチャリティー団体で、老舗アフォーダブルハウジング供給業者の一つです。St Mungo'sが不動産を購入し、リノベーションを行った上で、支援が必要な人に市場価格より安価に賃貸し、かつ社会復帰の支援を行います。アフォーダブルハウジング供給業者の多くはSt Mungo'sのようにチャリティー、もしくは民間企業です。
借主である居住者は国からの住宅補助金を受け取っており、その補助金を家賃支払いの一部に充てています。
St Mungo'sのようなアフォーダブルハウジング供給業者が不動産を購入する際、纏まった資金が必要です。伝統的な銀行からの借入に加え、チャリティーであるSt Mungo'sの意図や優先順位を理解した投資家の出資を受けて組成されたアフォーダブルハウジングファンドが存在します。

アフォーダブルハウジングファンドに特化したファンドマネジャー、Resonance

Resonanceは2013年に英国で初めてアフォーダブルハウジングファンドを立ち上げて以降、7つのファンドを運用しているアフォーダブルハウジングに特化したファンドマネジャーです。例として一号ファンドであるThe Real Lettings Property Fund(以下RLPF1)について見てみましょう。 

●アフォーダブルハウジング供給者パートナー
 St Mungo's
●地域
 ロンドン市
●ファンドサイズ
 56.8m ポンド(約112億円)
●期間
 8年間
●投資種別
 ローン(St Mungo'sがファンドから、固定金利6%で期間7年間の借入をする)
●投資家
・Better Society Capital(休眠預金を運用、ホールセーラー)15mポンド
・City Bridge Trust(財団)
・Esmée Fairbairn Foundation(財団)
・LankellyChase Foundation(財団)
・London Borough of Croydon(地方自治体)
・L&Q(財団、イギリスの大手住宅協会)

出所:ResonanceウェブサイトReaonanceインパクトレポート

RLPF1以降のファンドは、ロンドン郊外、マンチェスター等、対象となるエリアを拡大させています。また、RLPFの2号ファンドはファンドサイズが98.5m(約194億円)ポンドと1号ファンドの約2倍弱でクローズしており、投資家からの注目も高いことが伺えます。マンチェスターに特化したファンドではマンチェスター市や他マンチェスターに関係のある投資家が投資しており、対象エリアを明確にする意義はファンドレイズの視点からも重要だと言えます。また、Resonanceはこれまでの実績が認められ、2021年にはコロナ禍のホームレス急増を受け、ロンドン市が投資家となるResonance everyone in Fundという単発ファンドも立ち上がりました。[ファンドサイズ16.5mポンド(約32.5億円)]

なお、Resonanceは融資ファンドを取り扱うファンドマネジャーで、アフォーダブルハウジング供給業者がファンドから借入を行うストラクチャーを採用していますが、アフォーダブルファンドのストラクチャーは様々です。
ファンド自体が不動産を取得し、(しばしばパートナーであるアフォーダブルハウジング供給業者によって)リノベ―ションのうえ、不動産をアフォーダブルハウジング供給業者にリースする形も一般的なアフォーダブルファンドのストラクチャーの一つです。Resonanceのファンドが過去に支援した入居者データは以下のとおりです。一般的なホームレスのイメージとは少し異なるかもしれません

・借主の72%が女性
・借主の80%は一緒に暮らす子供がおり、その多くはシングル家庭
・入居者の48%が子ども。家族向けの安定した住宅供給ニーズがあることがよくわかる。
・借主の40%が5歳以下の子どもがいる

出所:Resonanceインパクトレポート

伸びるアフォーダブルハウジングファンドの取扱高

冒頭で触れたとおり、英国BSCによると、ソーシャル、アフォーダブルハウジングファンドは取扱高で見ると英社会的インパクト投資の55%を占める急成長をしている分野です。
2012年の取扱高はほぼ0ポンドでしたが、2021年の終わりには3.8Billionポンドまで成長しています。(出所:BSC Mapping the market)

これだけ多くの投資を集めたことで、必要となる住宅が既に供給されているのでしょうか。英国政府は、仮に現在の住宅ニーズが変わらない場合の試算を行っています。それによると、慢性的なソーシャル・アフォーダブルハウジング不足を解消するために、向こう10年で毎年約16.9Billionポンド(約3.3兆円)の投資が必要だそうです。(参考:英国政府ウェブサイト
これほど多くの投資には国の予算だけでは足りず、民間資金が不可欠ですが、これまで急成長してきたのを見ると民間の投資家の支持は一定程度得られていると想定されます。投資家の注目を集めている背景を考えてみたいと思います。

投資家からみるアフォーダブルハウジングファンド

多くの投資家の注目を集めているポイントはいくつかあるようです。

・明確でわかりやすく中長期的にインパクトを創出
・長期的で、安定した、インフレ率に呼応したリターン:アフォーダブルハウジングは国として一朝一夕に解決できる課題ではないことから、今後も国から必要な個人へ家賃補助が出続けることが期待される。ソーシャル、アフォーダブル賃料は国の政策によって決められており、基本的に消費者物価指数に相関する。
・一般的な不動産投資との相関が低い:1998-2019年のデータで、他の不動産分野と比べて賃料が特に伸び(編集注:都市部の物件が増えるなどを理由に平均賃料が伸びたと考えるのが自然か)、ボラティリティが少ないことがわかっている。投資家にとってはリスク分散となる。
・不動産価格の上昇: アフォーダブルハウジングファンドの投資家へのリターンは基本的に賃料収入により生み出されるが、多くのファンドがアフォーダブルハウジング(不動産)を保有しているため、不動産価格の上昇も期待できる。英国の住宅価格インフレ率は平均2%。

出所:BSC Mapping the market

あとがき

住宅の数が少なく価格が高騰して住む家のない英国において、急成長しているアフォーダブルハウジングを取り上げました。英国では入居者の多くが女性で、家庭内DV被害者も多いことは意外でした。

この課題は英国特有のものでは決してなく、空き家問題が深刻化する日本においても、アフォーダブルハウジングに対する需要があり、供給業者も生まれています。誰もが難なく入居審査に通るわけではないように、住む場所の確保に苦慮している人は日本にもいます。この課題に取り組む方にとって、英国の事例が参考になれば幸いです。

これまで英国の多様なインパクト投資ファンドをリサーチし、いくつかこちらのnoteで取り上げてきましたが、アフォーダブルハウジングというニッチな分野に特化したファンドは興味深いです。
かなり特化したファンドであるがゆえ、ファンドのインパクトが明確で、インパクト測定も投資家先同士の比較が容易で分かりやすいです。ファンドのリスク・リターンも、不動産担保や住宅補助政策の影響を受けるためユニークで、多様なファンドに投資することでリスク分散をしたい投資家に好まれる理由が垣間見得ました。

※1ポンド=196.8円で換算(2024/12/30現在)。
※本記事の内容は2024年12月時点の情報に基づき作成しています。


執筆者:城守鈴果(じょうもり すずか)
新卒で三井住友銀行にて融資・貿易金融等を経験後、2020年英国へ移住。米銀勤務ののち、インパクト投資へのキャリアシフトのため英On Purpose Associateプログラムへ参加。老舗社会的インパクト投資ファンドのBig Issue Invest、The Social Investment Consultancyに半年ずつ勤務先、現在は英国老舗チャリティーにてヘルスケアベンチャーへのインパクト投資業務に従事。

調査協力: Amelie Montague氏 Investment Director, Better Society Capital 



※本記事は作成時点で入手可能なデータに基づき作成しています。また、記事内容は執筆者個人の見解を含むものであり、当機構の公式見解を示すものではありません。

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