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インパクト投資における投資プロセスで段階別に考慮すべきこと(概説)〜渡邉貴久コラム 第1回

インパクト投資は、財務的なリターンだけでなく、社会や環境にポジティブな影響をもたらすことを目的とした投資手法であり、近年、多くの投資家から注目を集めています。インパクト投資においては、意図したインパクトの実現とインパクトウォッシュを避けるという点が重要な命題であり、当該観点から、具体的な投資プロセスの各段階において、従来の投資と異なる考慮要素についての議論が国内外で進んできています。そこで、本稿より全5回にわたり、投資プロセスを段階的に分け、実際の取り組み事例や国内外の議論等にも触れながら、インパクトの観点から各段階で考慮すべき事項についてご紹介したいと思います。

まず、第1回目である本コラムでは、インパクト投資における投資プロセスの段階別の考慮事項ついて概説し、第2回以降で、テーマ別の項目についてご紹介させていただきます。 


デュー・ディリジェンス 

通常の投資案件において、主にリスクアセスメントの観点から、財務、税務、法務等に関するデュー・ディリジェンスが実施されます。インパクト投資においても、このようなリスクアセスメントの観点からのデュー・ディリジェンスは必要になりますが、これに加えて、社会や環境への影響(インパクト)を評価することが重要となります。このような評価には、通常のデュー・ディリジェンスとは異なった視点も必要となり、投資先がネガティブインパクトを生んでいないかといった点に加えて、投資先が本当に社会に対してポジティブインパクトを生んでいるのか(又は生む見込みがあるか)、そしてそのインパクトが出資者側の戦略や意図、ひいては投資家のセオリーオブチェンジ(ToC)と合致しているかといった事項の確認も含まれます。なお、インパクトデュー・ディリジェンスについては、定まったプラクティスなどは存在しないものの、GIINが公表しているThe Impact Due Diligence GuideやIRIS+が公表しているIRIS+ for Impact Due Diligenceが参考になると考えられます。これらの資料では、①予想されるインパクトの言語化、②インパクトに焦点を当てたデュー・ディリジェンスに際して用いられる質問票、③定量的なインパクトデュー・ディリジェンスツールといった観点からのガイダンスが提供されています。

インパクトデュー・ディリジェンスについては、日本でも、GLINが、KDDI傘下ファンドに対するインパクトデューデリジェンスについて事例共有を行うなどの取り組みがなされております。当該事例共有では、実際に投資判断に際してインパクトデュー・ディリジェンスを行った際のプロセスやインパクトデュー・ディリジェンスを行った際の苦労とメリットについての言及がなされています。また、インパクトデュー・ディリジェンスは、投資先においては、当該投資が持つ社会的・環境的課題解決への意図(インテンショナリティ:Intentionality)を整理するとともに、デュー・ディリジェンスを受ける投資先側においても、当該事業において創出したいインパクトを言語化して、明確化することができるという副次的な効果があったこと等についても報告されています。

インパクト投資における投資契約や投資後のモニタリング等においては、インパクトを特定し、どのようなKPIを定め管理していくかという点が重要な論点となりますが、当該報告にもある通り、インパクトデュー・ディリジェンスは、投資先の将来のインパクトパフォーマンスを最適化するために、インパクトを特定し、インパクトKPIをどのように設定するかについての投資家・投資先間の理解と議論の促進を行う機会でもあると考えられます。

ストラクチャリング・投資手法の決定

インパクト投資においては、投資家と投資先の関心・利害を調整し、インパクト目標の達成を促進するための仕組みを構築することが重要です。特にインパクト投資において通常の投資と異なるのは、リスク・リターンの考慮の他に、インパクトをどのように関連づけるかが考慮されます。このような点は、実際の投資段階のみならず、ファンド契約におけるインパクトに関するガバナンス・契約条項の規定や、ブレンデッドファイナンスといったインパクトファンドの組成段階でも論点となります。

インパクト投資の投資手法においては、負債性、エクイティ性、それ以外の資金調達を含む様々なバリュエーションが考えられ、案件に応じた工夫が必要となります。その際の典型的な考慮要素としては、インパクトの追求とリスクヘッジや経済的リターンの水準・時期をどのように考えるかということがあり、負債性の投資であれば、担保や金利、返済期日についてどのように考えるか、エクイティ性の投資であれば、配当や他の種類への転換、エグジットについてどのような考え方をするか、それをどのように投資手法に反映していくかという点があります。なお、この際に、通常の投資と比較して特殊な投資手法を採用する場合には、投資先の成長ストーリーとの整合性や将来的な資金調達の阻害要因にならないかといった点を考慮する必要もあります。このようなインパクトの実現に資する投資手法については第2回でご紹介させていただきます。

ドキュメンテーション・契約条項

インパクト投資においても、LP契約、融資契約・投資契約、株主間契約、サイドレター等通常の投資でも必要となるドキュメンテーションが必要となります。これらの契約自体は通常の投資とも共通する部分もありますが、「インパクト」の実現自体を投資の目的とするインパクト投資においては、それに資するインパクト投資特有の条項を検討する必要があります。

現状、日本においてインパクトに関する条項が契約において利用されている場面はまだ限定的であると認識していますが、第3回でご紹介させていただくように、近年、国際的な団体等によるインパクト投資に関する契約条項についての研究や、海外におけるインパクト投資に関する利用状況についての学術的な調査など、インパクト投資に関する契約条項についての議論も進んできています。

例えば、LP契約であれば、ファンドの存続期間、ファンドマネージャーのインパクト実現に期待される役割、GPに対する成果の配分メカニズム、投資先のポートフォリオを含めた投資戦略に関する事項、投資先のインパクトの実現状況に関するLPへの情報開示等について、通常のVCやPEにおける契約とは異なる定めをすることが検討されます。

また、出資契約に関しても、インパクトの管理・測定やポジティブインパクトを促進し、又は、ネガティブインパクトを防ぐという観点から、様々な工夫が可能です。一例としては、インパクトに関する意図や目標を定めることや、ミッションドリフト(企業の目的・ミッションから実際の企業運営が遠ざかってしまう事態)を防ぐためのガバナンスやサンクションに関する施策について合意すること、投資先のインパクトの実現状況に関するモニタリング方法(KPIの設定、インパクトの測定方法、報告事項等)について合意することも考えられます。また、エグジットの手法・時期や投資家のエグジット後にもインパクトがきちんと継続的に実現されるようにするための施策等についての条項を検討することができます。

なお、このような、インパクトに関連する契約条項については、実際に契約書上規定されない場合でも、交渉や議論の過程を通じて、投資家・投資先のインパクトに関する理解の促進や認識の共有につながるという効果も期待されます。

ガバナンス

インパクト投資において、インパクト目標の達成を確保し、ミッションドリフト、ひいてはインパクト・ウォッシングを防ぐためにガバナンスモデルを構築することが肝要となります。American Bar Association(ABA)が出版したImpact Investing and Social Enterprises: Global Progress and Challengesにおいても、①意思決定プロセスやガバナンスメカニズム(契約上のガバナンス条項を含む。)、②インパクトの測定・検証、③開示等を含めた透明性の確保を行うことが重要であり、また、これがインパクト投資が伝統的な投資と異なる部分であると指摘されています。また、第3回でご紹介するインパクト投資に関する契約条項を分析した論文においても、インパクト投資家はインパクトを達成するためのガバナンスを重視する傾向があると指摘されており、インパクト投資における重要な要素になると考えられます。

なお、近時、日本の上場会社等でも導入がされているように、定款・ミッションステートメントに会社の目的やミッションを反映することがインパクトガバナンスへの第一歩として考えられます。

また、例えば、英国のBetter Society CapitalがWhat determines a successful exit for an impact startup?という記事で指摘しているように、B Corp認証といった第三者機関の認証を取得・維持するといった取り組みを行うことも、インパクトへのコミットメントを担保するためのガバナンス上の工夫として参考になります。なお、本年、PRI Awards Private Markets special awardを受賞したBintang Capital Partnersは、インパクト測定ツールの一環として、B Corpへの投資を行うこととしており、投資先はすべて、投資後2年以内にBCorp認証の取得を目指すことを義務付けており、先進的な取り組みとして注目に値します。

さらに、インパクトを中長期的に実現するためのスキームとしてスチュワード・オーナシップモデルなども注目されてきており、当該スキームについては第4回でご紹介いたします。

エグジット

インパクト投資を含むサステナブル投資においては、近時、投資のエグジット戦略である「エグジット」においても、インパクトを最大化し、持続させるための「責任あるエグジット」の重要性が認識されています。従来の投資では、M&AやIPOといった経済的リターンを最大化することがエグジットの主な目的でしたが、インパクトの実現を意図して行われるインパクト投資においては、投資期間中のみならず、エグジット後においても投資先の中長期的なインパクトの創出が継続し、持続可能な成長が担保される必要があるというのが背景にある考え方となります。例えば、IFCが中心となり策定された「インパクト投資の運用原則」(Investing for Impact: Operating Principles for Impact Management)においても原則7において、「インパクトの持続性への影響を考慮しながら、エグジットを実行すること。」という項目が掲げられており、IFCは、2024年10月にはApproach to Responsible Exitを公表しています。

また、GIINは「LASTING IMPACT: THE NEED FOR RESPONSIBLE EXITS」といったレポートを公表し、インパクト投資家が責任あるエグジット戦略を実現するためのアプローチを以下の4段階に分けて紹介した上で、事例の共有などを行っています。

GIINのLASTING IMPACT: THE NEED FOR RESPONSIBLE EXITSの概要

■投資前
・投資実行前から、責任あるエグジットの基礎を築くことが重要であり、投 資家が、インパクトがビジネスモデルに組み込まれているか、経済的成功と密接に関連しているかを基準に投資先を選定することで、エグジット後もインパクトが継続する可能性を高める
・事業の成長見込みを把握しようと努めることで、どのようなエグジット戦略や選択肢が考えられるかについての示唆を得る
・創業者のミッションへのコミットメントも重要な考慮事項となる

投資時
・投資構造が、企業が長期的な成功につながる持続可能な成長ができるかに影響を与える
・投資回収期間などの要素:企業の意思決定に影響を与える
・共同投資家とのインパクト及び成長戦略のアラインメント、法的構造や契約へのインパクトに関する文言の盛り込みも考慮すべきである

投資期間
・投資家は、経営陣と協力して、雇用、原材料の調達、顧客サービスなど、長期的な視点に立った良好な方針と慣行を導入する

エグジット時
・インパクト投資家のエグジット時の目的は、自身の経済的成功だけでなく、企業が適切なリソース、ネットワーク、知識に継続的にアクセスできるかどうかも含まれるため、タイミングが非常に重要
・適切な買手を選定することも重要
・適切な買手とは、投資先企業の成長と改善のためのリソースを提供するだけでなく、ビジネスモデルの価値を理解し、持続的なインパクトを伴う成長というビジョンを共有できる買手をいう

インパクト投資における責任あるエグジットに関する仕組み・方法は様々です。例えば、エクイティ投資において、第3回で紹介するような契約条項の議論においてインパクトの観点からの譲渡時の手続や譲渡先の制限についての契約上の合意することや、第5回でご紹介するExit to Communityといったコンセプトを参照することも一つの選択肢です。また、エグジットに際してエグジット先のデュー・ディリジェンスを行うことや、エグジット後もインパクトに関する情報提供を要求して、モニタリングを行うこと等も考えられます。なお、我が国においても、KIBOW社会投資ファンドがmanabyからExitするに際してインパクトデュー・ディリジェンスを行ったことが報告されており、先進的な取り組みとして参考になります。 

おわりに

このコラムでは、インパクト投資の実施に際して、投資プロセスを段階的に分け、各段階で考慮すべき事項について概説しました。第2回以降では、各論として個別のトピックについてより詳しくご紹介させていただければと思います。 


執筆者:渡邉 貴久(わたなべ たかひさ)
西村あさひ法律事務所・外国法共同事業 弁護士
企業法務に幅広く携わり、国内外のM&A、コーポレートガバナンス等に関する案件を担当。サステナビリティ・インパクト投資分野にも注力しており、国際的なインパクト分野の弁護士からなるGlobal Alliance of Impact Lawyers(GAIL)のアジア太平洋地域理事等も務める。国内外の投資家・非営利法人・インパクトスタートアップやそれらの関連団体にアドバイスを提供する他、ESG投資やインパクト投資を含むサステナブルファイナンス、ベネフィット・コーポレーション等のソーシャルエンタープライズ、B Corp認証、サステナビリティ規制等に関する研究・発信・セミナー等も多数行う。


※なお、本記事で紹介した資料や事例等は、公開情報や文献に基づき可能な限り正確に記述することを心がけましたが、筆者の解釈や推察が含まれる可能性があり、その正確性について保証するものではありません。また、本記事に記載された意見や見解は、あくまで筆者個人のものであり、筆者の所属組織・当機構の公式⾒解ではないことを申し添えます。

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